カテゴリ     - R&B -

スポンサーサイト
TOP ▲
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)
この記事のURL | TOP ▲
1984年~嫌んなった?いや、捨てたもんじゃない
TOP ▲


めっきり春らしくなってきました。学生時代からの刷り込みなのか、やはり4月は「スタート」と言う気持ちになりますね。桜も満開の時期を過ぎ、雨でも降ればもう終焉へのカウントダウン、と言った所でしょうか。僕の25周年イヤーがきっかけでいつの間にか年別に何となく書き続けてるこのブログ、せっかくですからそのまま行く事にします。次は1984年。

大学生活を横浜で過ごしていた僕ですが、春夏冬の長い休みを利用しては帰省し、地元でのバンド活動に力を入れてました。当時はまだバンド人口がそれほど多くなかったせいもあり、ライブをすれば客は入るし「ファン」と呼べるような人達も現れて、ちょっとした人気者気分を楽しんでいたりしました。そのバンドではストーンズやフーのカバー、そしてオリジナル曲をやっていたのですが、ある日近くのショッピングセンターで買い物をする為に駐車場に車を停めると、隣に停まってた車の中のカセットケースに、僕のオリジナル曲の曲名、そして「○○命!」と書いてあって、ちょっと怖くなって車を移動した、なんて事も(笑)

当時僕は、日本のロックに全く期待感を持てなかった。今考えると自分自身の興味の対象が洋楽に移行していた時期だったわけですが。あれほど夢中だったルースターズは大江の変貌と共に深いエコーを効かせた遠い彼方に行ってしまい、ロッカーズは既に解散、ARBからは田中一郎とサンジが抜け、RCも一時の勢いを無くし(あの盛り上がりから比べれば、ですが)、まともに聴いてたのはモッズとスライダースくらい。僕たちの世代と後の世代を計る物差しとしては、たぶんボウイ~BOWIE(スペルあってる?)だと思うんだけど、僕自身はあの音には全く何も感じなかった。

そんな中、当時初めて憂歌団を観たわけです。「天使のダミ声」と呼ばれる木村のボーカルはオリジナル。特に後年顕著になるバラード系での発声は、一音一語をハッキリと発音すればするほど聴き取れない、という何ともやり切れない気持ちを誘うし、内田勘太郎のスライドギターはブルースはもちろん南国への入り口にいざなってくれそうな高揚感を味合わせてくれました。そしてその頃は気づかなかったけど花岡、島田の鉄壁のリズム隊がそれを支えていたわけです。
ライブでの独特のMCと、酒を飲みながらというバースタイルの客席の雰囲気(全国どこへ行っても「アホ~」と叫ぶヤツがいるらしい)に圧倒された僕にとって「こんなやり方もあるのか」と少し新しい気持ちで音楽に対して向き合うキッカケとなりました。エレキ一辺倒だったスタイルからアコースティックへの目覚め、と言いましょうか。その割にはどこで見たのか覚えてない(笑)その後かなりの回数見たからかもしれませんが。

kimura_main.jpg


そんなこんなで憂歌団との出会いは心地よく始まり、活動を休止している今でも何となく続いています。木村や内田勘太郎も良くこの辺に来るしね。その上、島田さんとはプチ共演もしたし(自慢)。噂には聴いてたけどあの人のブラシは日本一だと思います。

嫌んなってる暇はないよ。やりたい事をやりたい風にやり続けようよ。あとのことは知らん。そんなことを10代最後の年に僕は憂歌団に教わりました。
スポンサーサイト
[2006/04/09 21:19] | R&B | トラックバック(0) | コメント(3)
この記事のURL | TOP ▲
日倉士歳朗ライブ~ウイスキーの河で溺れたい
TOP ▲


日本を代表するジャグバンド「MAD WORDS」のギタリストであり、南部の匂い溢れる「和製ロバートジョンソン」日倉士歳朗と初めて会ってからもう7~8年。mooneyとのジョイントでこの町に来てくれて以来、年に一度くらいのペースでお会いしてるんですが、今回も相変わらずbambooでやってくれました。

僕にとって日倉士は、日本で間違いなく何本かの指に入るスライドギタリストなんですが、それだけではなくルックスに似会わぬ(失礼)人懐っこい「飲み友達」という感じでしょうか。僕のブログタイトル「酒と音楽な日々」を地で行く愛すべきミュージシャンです。

何しろ持ち込んだ楽器が6~7本。レギュラーチューニングはアコギ1本だけで、ドブロはもちろん2本のワイゼンボーンにエレキ(TEISCOの4ピックアップ!爆音モデル)など全てがオープンチューニングで、曲によって全てを使いこなす。本人曰く「ハープと一緒でキーによって変えるんだよ」とのこと。それを酔っ払いながら持ち変えるんだからやっぱりスゴイ!さすがプロだよなぁ・・なんて感心してる間にもビールをグビグビ。大丈夫ですか?大丈夫だよぉ~。そうですよね~何たって日倉士だもんねぇ~じゃぁもう一本イキますかぁ~。なんて調子で始まったライブでございました。

平日にもかかわらずお客さんの入りも程良い感じで、まずは軽いR&RをTEISCOでかますと、店内は早くもヒートアップ。いつも思うんだけどスライドギターってのは人間の本能に呼びかけるのかな?聴いてるだけで何故か心と体が震え出すんです。
お馴染み日本語詞をのっけたロバジョンナンバーはもちろん、今一番大好きだというフィンガーピッキングの雄、佐藤克彦さんとのアルバム「海風」からのナンバーでは今までになかったタイプの世界をワイゼンボーンで聴かせてくれました。やるじゃん、日倉士。

umikaze.jpg


ツアー最終日ということで、余裕のMCと、こなれた中にも緊張感を残すその演奏でお客さんをグイグイ引きこんでいく。まるで南部のジュークジョイントにいるような錯覚に陥らせてもらいました。そしてアンコールでは僕と、この日一緒にやった山添、そして伊勢のドブロ野郎イイダを交えて「I cant get stuff no more」をセッション。マイクつなぐのが面倒だったので生音でやっちゃいました。これがブルースだよ~状態でしたが聴こえたかな?まぁいいや。

そしてライブ後の打ち上げでは相変わらずのイケイケ状態。これが楽しみでやってくるお客さんもいるんだからたまりません。でも僕も大好きです。

翌日は横浜でライブということで朝早くに発ってしまいましたが、今度はもっとゆっくりと飲みたいものです。
も、もちろんライブもよろしくね。ありがと~愛すべき酔いどれギター、日倉士歳朗!毒を盛られないようにくれぐれも気をつけてね。
[2006/03/31 19:19] | R&B | トラックバック(0) | コメント(7)
この記事のURL | TOP ▲
このアンテナがキャッチしたナンバー~我が青春のモータウン
TOP ▲


世界中の情報をインターネットで集め、試聴して気に入った曲を楽曲配信でダウンロードする。てな事を夢にも思わなかった僕の青春時代(涙)。当時の情報源と言えば、音楽誌や一部のマニアックなカルチャー本でありました。そして音源を入手しようとレコ屋に行っても、日本盤では見つからず、輸入盤は完全密封されており試聴はもちろん盤の状態さえわからない、僕が外国との「壁」を初めて感じたのが、あの完全密封の一翼を担っていた「ビニル」だったのです。

と、まぁ長い前フリになりましたが、そんな貧乏で小心者の僕にとって非常に心強い味方がFMラジオでした。習慣のようにFM誌を購入し番組欄をチェック、番組によっては放送される曲目まで書いてあったもんですから、金は無くても時間が腐るほどあった洋楽好きの貧乏大学生にとっては「バイブル」のようなモノでした。

当時の(約20年前)番組でもっとも愛聴していたのがNHK-FMの「軽音楽をあなたに」(だったと思う。愛聴してたクセに頼りない‥)。夕方3時~6時までの3時間番組(だったと思う‥)。毎日、一つのテーマに沿った曲をかけまくる、ただしDJはたぶん局アナだった為テンションはやや低めだった記憶があります。

その番組のある日のプログラムが「ソウル」でした。やっと本題にたどり着きました。良かった~。で、そこでそれまでタイトルやアーティスト名は知ってても肝心の歌を聴いた事が無いソウル初心者の僕にとって、その後の僕の音楽人生を変えてしまう様な名曲群と出会うことになったわけです。

オーティス・レディングの「ドックオブザベイ」「ファファファ」、サム・クックの「チェンジイズゴナカム」「ユーセンドミー」、サム&デイブの「ソウルマン」「僕のベイビーに何が?」(この邦題大好き!)、ウイルソン・ピケットの「インザミッドナイトアワー」「ムスタングサリー」、アル・グリーンの「レッツステイトゥゲザー」、アレサ・フランクリンの「ナチュラルウーマン」、アーサー・コンレイの「スイートソウルミュージック」‥書き出すとキリがないので止めますが、今考えるとレーベルなど関係なくかけまくるぞ~何しろ聴け!と言う気合の入った選曲でした。

その中でもやはりモータウンの音は違うように感じました。まさしく「Sound of young america」。切なくてポップで、初めて聴く曲なのに歌詞の意味もわからないのに映像が頭の中に浮かぶ様な、そんな音でした。シュープリームスにテンプテーションズ、スティービー・ワンダーにマービン・ゲイ、こちらも書き出すとキリがないですが、そんな中で僕が一番気に入ったのがミラクルズ。「Ooh baby baby」ですね。ハスキーな声と言いスイートなメロディと言い、もうたまりませんでした。今考えると、シュープリームス以外のナンバーは殆んどスモーキー・ロビンソン絡みじゃなかったかな?メリー・ウエルズの「My guy」もかかったし。当時は彼がボブ・ディランをして「アメリカ最高の詩人」と称されてることなど知る由もなく、当然英語ですから意味もわからずだったわけですが。

また長くなりました。寒い夜には聴きたくなるんですよ、あのメロディと声が。本当はモータウンのことをもっと書くつもりでしたが、貧乏な大学時代を思い出してしまい、とりあえず酒が飲みたくなりましたので今回は唐突に終わります。次回に続く。かも。
[2006/01/11 20:21] | R&B | トラックバック(0) | コメント(6)
この記事のURL | TOP ▲
寒さに負けるな~ソウルで熱くなれ~
TOP ▲


全国的にスゴイ寒波らしい。
大雪に見舞われた方々、大丈夫じゃないと思いますが負けないで下さい。オーティスの熱さと優しさを贈ります。

頑張れ~
[2006/01/05 18:14] | R&B | トラックバック(0) | コメント(0)
この記事のURL | TOP ▲
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。