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俺のR&R!~仲井戸麗市
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My R&R My R&R
仲井戸“CHABO”麗市 (1999/01/27)
東芝EMI
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6/10のライブに来てくださった皆さん、ありがとうございました。
ブルースやR&Rであんなに盛り上がれるなんて、さすが!のbambooの夜でした。

でも、ギターを弾いて歌うのって楽しいんだけど、ホント難しい。
どっちつかずになってしまう事がほとんど。
だからその分MCでカバーするのが僕の作戦^^;

その点、この仲井戸君は素晴らしいんだ。
この永遠のギター小僧が、僕の憧れのギタリストであります。

RCの頃はキヨシローのバックアップに徹し、
ともすればテク的に「ヘタウマ」なんて形容されることもあったチャボですが、
何年か前に見たソロライブの時のプレイは、もう凄まじいものでした。

もちろん弾き語りなんだけど、う~ん、何て言えばいいんだろ
曲によって表情を変える、とでも言えばいいのかな、
それとも「歌心のあるギター」とでも言えばいいか。

僕の好きなギタリストが、やたらソロを弾きまくるタイプの人じゃなくて
バッキング重視ってのもあるかもしれない。
コードのカッティングについ耳がいってしまうんです。

ちょっとまとまらないけど、チャボに関してはまだまだ書き足りないので、
僕のブログ初!の次回に続く(コレやってみたかったんだよね)ということで・・・



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[2007/06/13 11:55] | Japanese Rock | トラックバック(0) | コメント(4)
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走れ熱いなら~PANTA
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頭脳警察セカンド 頭脳警察セカンド
頭脳警察 (1990/09/21)
ビクターエンタテインメント
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走れ熱いなら(紙ジャケット仕様) 走れ熱いなら(紙ジャケット仕様)
PANTA (2004/06/23)
バウンディ
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日本のロックを聴き漁っていた10代の頃の僕にとって
PANTAの存在は、特別なモノでした。
「頭脳警察」はナンパなロックファンだった僕の日常をパンクに変えてくれたし
PANTA&HAL、ソロ、となっても変わらぬロック魂は僕の憧れでした。

そのライブを、一度も体験していないことは、ちょっとした「忘れ物」。
それを取り戻しに行ってきました。

今回は菊池琢己さんというギタリストとの「響」というアコ・ユニットで、
8月にリリースされるアルバム「オリーブの樹の下で」のプレ・ツアー。

そのアルバムが、
なんとアノ「重信房子(!)」との往復書簡を通じて出来上がった歌を集めたモノ、とのこと。
久々に触れたPANTAの行動はやっぱり相変わらずなのでした。

で、そのライブ。
あのね、スゴイです。この人。、
やっぱり声がすごい。俺、大好きなんだ、あの声が。
その声に乗っかって出てくる歌詞。歌のテーマはヘビーなんだけど、それがやたら聴きやすい。最近のパンクみたいにガナリ声じゃない。
悲しみや怒りを包み込むような声、とでも言えばいいのかな。

プレツアーということもあって新曲中心で、初めて聴く歌が多かったのですが、
イラク崩壊時、フセインの息子ウダイとクサイがアメリカ軍に発見されて惨殺された時に、その場に一緒にいた14才のウダイの息子ムスターファが200人の兵士を相手に一時間以上も抵抗し、結局銃殺された、という出来事を歌ったのが印象的でした。
「彼も母の子 誰も母の子」生きたまま捕まえることも出来ただろうに。

そしてアンコールで歌ったジョンレノンの「GOD」。
もちろん日本語詞になってましたが「俺は信じない!」という声を聴いた時
ロックって、こんなだったよな、
俺、こんなロック、ちょっと忘れてたかもな。
そんなことを強く思ったのでした。













[2007/06/08 09:39] | Japanese Rock | トラックバック(0) | コメント(4)
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1989年~覆面バンド タイマーズ
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少々長いですが2001年の忌野清志郎の某雑誌でのインタビューを引用します。

「カバーズが、原発反対問題を歌ってるので当社(東芝)としては発売できませんと言われたんですよ。ホテルに呼ばれて。もうジャケットもできあがってたんだけど。で“断腸の思いで言うけどこれは発売できないんで、全部おたくに返します”って言われたわけ。原盤もジャケットも全部、無償で。なんでだって言ったら“素晴らしすぎて発売できません”っつーわけよ(笑)だったら違約金みたいな金を払いますと。50万とか言ったのかな。そんな金じゃ役に立たないつって帰ったんですよ。あんたみたいなヤツがロックバンドを潰していくんだって捨て台詞吐いて。で、灰皿があったから投げようと思ったんだけど、ウッとこらえて帰ったんです。」

「そしたらまた次の日、もう一回話そうってことでまた同じホテルの同じ部屋に行ったの。そしたら金額が上がってたんですよ。それも大した金額じゃないんだけど、今思えば。じゃあ素晴らしすぎて出せないんだったらそれを新聞に発表してくれって言ったんですよ。それで発表されて。その次に会った時に原発を歌っちゃいけないっていうのはわかったけど、あとは何を歌っちゃいけないんだって聞いたわけ。大麻とか麻薬関係はいいんですか?って聞いたら、それはいいっていうわけよ。ああ、そうかと思って。それでタイマーズって言うのを、一挙に(笑)」

これが、前年に発表されたアルバム「カバーズ」発売中止の真相、そしてタイマーズ結成の由来だそうです。清志郎はわりにインタビューなどではわざといい加減な受け答えをすることが多いんですが、これは結構真実味がある。て言うかまぁホントのことなんだろう。これがキッカケで彼は本気で引退を考えたとも語っています。

「カバーズ」に関しては色んな所で語られていますので詳しくは触れませんが、「反原発」(清志郎自身は反核であると主張)だけで括られるにはあまりにももったいない「素晴らしすぎる」アルバムです。RC版、ジョンレノンの「ロックンロール」とも呼べる選曲に、「超訳」と呼ばれる手法で書き上げた歌詞を乗せて、仲間を集めてワイワイと作った、本当に楽しいアルバムです。その上、彼ら特有のユーモア(スキャンダラスな部分も含めて)もタップリと注入されてます。

上記の発売中止騒動により急遽古巣のキティレコードから発売(それも終戦記念日に)された「カバーズ」はチャートの1位を獲得。その売り上げを無視出来なかったのか、東芝EMIは日比谷野音でのライブビデオ「コブラの悩み」を発売。その一曲目「アイシャルビーリリースド」で痛烈に東芝を批判しました。器が大きいのか小さいのかわからんぞ、東芝。

そして、その「カバーズ」の楽曲をNHKとFM東京が放送禁止に指定した為、怒りの矛先はそちらに。で、有名なフジテレビ「夜のヒットスタジオ事件」が勃発(笑)するわけです。カッコよすぎるぞ~清志郎。じゃなかったタイマーズのゼリー(笑)

動画はコチラ↓
タイマーズ「夜のヒットスタジオ事件」のビデオ

夢中で聞いてた高校時代はもちろん、今でも清志郎のやる事は気になるし、音も昔ほどでは無いもののチェックしている僕ですが、彼独特の「自分はダメなヤツだ」「いや、でも悪くない」という振れ方に共感します。そしてロックは常に反体制である、という揺るぎない姿勢にも。バブル絶頂の80年代最後の年に出てきたタイマーズは、RCサクセションというバンドを消滅させる一因にもなりましたが、日本のロックのあり方を問う重要なバンドだったと思います。本当にロックかどうかを計る物差しのような。

「ロックでメッセージを伝えるのがダサい、なんていうヤツはロックをわかってないと思うな。」
~忌野清志郎。


[2006/06/25 11:09] | Japanese Rock | トラックバック(2) | コメント(9)
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Zi:LiE-YAライブ~菊様、ありがとう
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昨夜は僕にとっての初「柴山俊之」ライブでございました。場所は松阪maxa、バンドの名前は「Zi:LiE-YA」。とんでもなく素敵な夜でした。

少しソワソワしながら店に着いたのが開演予定の5分前、とりあえずビールを飲みながら待ってる間はいつもと変わらぬライブ待ち、でもオープニングのSEが流れ客電が落ちた瞬間、僕の中のスイッチが入った様な気分に。そして突然始まった爆音とともに何かが弾け飛びました。そして現れた「菊」。その姿を見た瞬間に、あ~っと、涙が溢れてきました。何だか良くわからないけど、なんで泣いてるんだ?俺。さっきからずっと飲みながら「もし日本にサンハウスというバンドが存在してなかったら、俺は今頃ロックを聴いていただろうか?」なんて考えていたわけです。こういう仮定は不毛だとわかりながら。でももしサンハウスがいなっかったら、きっと日本のロックは全然つまらない物になっていたでしょう。「いや、その代わりに誰かが同じようなことをやっていたよ」などという反論は今日に限っては一切受け付けません。だから菊が僕の前に現れた時「ありがとう、菊さま~」となって溢れる想いとともに涙が出たんでしょう。

ライブは「Zi:LiE-YA」「ブルースライオン」のナンバーを中心に進めらました。それぞれの曲は、もうロックの王道中の王道、リフやリズムなど何処かで聴いたことあるけど気にするな!って感じが相変わらず。メンバーも歴戦のツワモノ揃い。寺岡(アナーキー)と大島(前にキヨシローとやってなかったっけ?違うか?)のリズム隊は強力だし、内藤幸也(ARB)もさすが。そして何より各自の菊に対するリスペクトが音に表れてました。それ故の爆音か?

サンハウス・ナンバーは本編で「キングスネークブルース」(当然マイクスタンドのパフォーマンスも有り)「地獄へドライブ」「アイラブユー」、そしてアンコールで「ビールスカプセル」「爆弾」「ホラ吹きイナズマ」「カラカラ」等。もう何も言うことありません。でも「レモンティー」は聴きたかった。いや、今度の楽しみに取っておきます。

上手く書ける気がしなかったレポですが、早く書かなければ・・という気持ちだけで書いてます。イギーポップばりに(メイクをしたルックスはどちらかと言うとオジーオズボーンでしたが。失礼)いつもの上半身裸で歌い続ける菊を見ながら、まだまだこれからだよな~とシミジミしてしまった僕でした。でも元気だよな、菊。

終演後、ミーハーながら写真を一緒に撮ってもらい、最後に「アナタがいたおかげで、僕は今もロックをやってます。」と握手をしました。菊は酔っていて、でも「ウン」と言ってくれました。この人の隣でレスポールを弾く鮎川・・・どうしても見てみたい。

[2006/05/13 14:58] | Japanese Rock | トラックバック(2) | コメント(7)
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1982,83年~男たちのロック
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東京では桜が開花し、ストーンズが「Sway」や「As tears go by」なんかを歌って(涙)すっかり春らしく盛り上がりを見せているようですが、ここ三重県の片田舎でも負けちゃいられない!と言うことで昨夜はbamboob barの定期イベント「Oyazi dj 春の陣」が松阪のライブハウスmaxaで開かれました。

レゲエで軽く幕開けした頃に到着した僕ですが、時間が経つ毎に、体内アルコール度が増す毎にテンションが上がり、DJ papaの繰り出す70年代ディスコサウンドと共にワイルドに。そして極めつけのDJmacyで大爆発しちゃいました。何たってオープニングが「Anachy In The UK」ですから。反則です(笑)。でもその技にかかってしまって約2mくらいジャンプしたのはワタシです。そこからは「テキーラ」に「恋をしようよ」に「激しい雨が」に、もう何だっけ・・・わかりません。
「恋をしようよ」で近くにいた若い女の子に「やりたいだけ!」と絶叫したのは覚えてます。イヤな、気持ち悪いオヤジだと思われた事でしょう。反省してます。

で、最近感じる事なんですが、老若男女入り乱れた昨夜のイベントでもそうだし、昨今のライブなんかでもそうなんですが、男よりも女性の方が上手に楽しんでる気がしますね。そういうイベントだと男はつい肩肘張ってしまうけど女性は自然体で自分のペースでの楽しみ方を知ってる。差別はしないけど「がんばれ男どもよ!」みたいな気になります。

で、今回は1982年あたりに「がんばれ男どもよ!」と魂から叫んでいた唯一のロックバンドARBのお話です。前回書いたように、いわゆる「めんたい系」のバンドに夢中になっていた僕ですが、同じようにこのARBにもやられてました。
中でも特にサンジ在籍時のアルバム「BAD NEWS」「BOYS&GIRLS」「指を鳴らせ」「W」まではほぼリアルタイムで聴いていたわけですが、ナンパな高校生活を送っていた僕にとって、その硬派なサウンドとメッセージ色の高い歌詞は聴く度に「男指数」を上げてくれました。

当時のライブ映像を見ても他のバンドに比べて客席の男の比率が高い。甲本ヒロトなんかにも影響を与えたと思われる石橋稜のボーカルスタイルはもちろん、その後甲斐バンドに加入して僕たちの中では「男を下げた」(笑)田中一郎のギターワークも重要なファクターだったとは思いますが、ゴリゴリの硬い音をシャコタンの位置で弾き出していたベースのサンジに、スキンヘッドに黒いレイバンでパワフルと言うよりは堅実なビートを刻むKEITHという二人のリズム隊こそが男度数を上げる大きな要因だった気がします。

「BAD NEWS」のA面(古い言い方・・)は日本のロックの奇跡だと今でも信じてる41才の僕ですが、なかなか本物の男には程遠いです。道は険しいぞ。

[2006/03/25 18:29] | Japanese Rock | トラックバック(1) | コメント(6)
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