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  2006年03月  

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日倉士歳朗ライブ~ウイスキーの河で溺れたい
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日本を代表するジャグバンド「MAD WORDS」のギタリストであり、南部の匂い溢れる「和製ロバートジョンソン」日倉士歳朗と初めて会ってからもう7~8年。mooneyとのジョイントでこの町に来てくれて以来、年に一度くらいのペースでお会いしてるんですが、今回も相変わらずbambooでやってくれました。

僕にとって日倉士は、日本で間違いなく何本かの指に入るスライドギタリストなんですが、それだけではなくルックスに似会わぬ(失礼)人懐っこい「飲み友達」という感じでしょうか。僕のブログタイトル「酒と音楽な日々」を地で行く愛すべきミュージシャンです。

何しろ持ち込んだ楽器が6~7本。レギュラーチューニングはアコギ1本だけで、ドブロはもちろん2本のワイゼンボーンにエレキ(TEISCOの4ピックアップ!爆音モデル)など全てがオープンチューニングで、曲によって全てを使いこなす。本人曰く「ハープと一緒でキーによって変えるんだよ」とのこと。それを酔っ払いながら持ち変えるんだからやっぱりスゴイ!さすがプロだよなぁ・・なんて感心してる間にもビールをグビグビ。大丈夫ですか?大丈夫だよぉ~。そうですよね~何たって日倉士だもんねぇ~じゃぁもう一本イキますかぁ~。なんて調子で始まったライブでございました。

平日にもかかわらずお客さんの入りも程良い感じで、まずは軽いR&RをTEISCOでかますと、店内は早くもヒートアップ。いつも思うんだけどスライドギターってのは人間の本能に呼びかけるのかな?聴いてるだけで何故か心と体が震え出すんです。
お馴染み日本語詞をのっけたロバジョンナンバーはもちろん、今一番大好きだというフィンガーピッキングの雄、佐藤克彦さんとのアルバム「海風」からのナンバーでは今までになかったタイプの世界をワイゼンボーンで聴かせてくれました。やるじゃん、日倉士。

umikaze.jpg


ツアー最終日ということで、余裕のMCと、こなれた中にも緊張感を残すその演奏でお客さんをグイグイ引きこんでいく。まるで南部のジュークジョイントにいるような錯覚に陥らせてもらいました。そしてアンコールでは僕と、この日一緒にやった山添、そして伊勢のドブロ野郎イイダを交えて「I cant get stuff no more」をセッション。マイクつなぐのが面倒だったので生音でやっちゃいました。これがブルースだよ~状態でしたが聴こえたかな?まぁいいや。

そしてライブ後の打ち上げでは相変わらずのイケイケ状態。これが楽しみでやってくるお客さんもいるんだからたまりません。でも僕も大好きです。

翌日は横浜でライブということで朝早くに発ってしまいましたが、今度はもっとゆっくりと飲みたいものです。
も、もちろんライブもよろしくね。ありがと~愛すべき酔いどれギター、日倉士歳朗!毒を盛られないようにくれぐれも気をつけてね。
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[2006/03/31 19:19] | R&B | トラックバック(0) | コメント(7)
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1982,83年~男たちのロック
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東京では桜が開花し、ストーンズが「Sway」や「As tears go by」なんかを歌って(涙)すっかり春らしく盛り上がりを見せているようですが、ここ三重県の片田舎でも負けちゃいられない!と言うことで昨夜はbamboob barの定期イベント「Oyazi dj 春の陣」が松阪のライブハウスmaxaで開かれました。

レゲエで軽く幕開けした頃に到着した僕ですが、時間が経つ毎に、体内アルコール度が増す毎にテンションが上がり、DJ papaの繰り出す70年代ディスコサウンドと共にワイルドに。そして極めつけのDJmacyで大爆発しちゃいました。何たってオープニングが「Anachy In The UK」ですから。反則です(笑)。でもその技にかかってしまって約2mくらいジャンプしたのはワタシです。そこからは「テキーラ」に「恋をしようよ」に「激しい雨が」に、もう何だっけ・・・わかりません。
「恋をしようよ」で近くにいた若い女の子に「やりたいだけ!」と絶叫したのは覚えてます。イヤな、気持ち悪いオヤジだと思われた事でしょう。反省してます。

で、最近感じる事なんですが、老若男女入り乱れた昨夜のイベントでもそうだし、昨今のライブなんかでもそうなんですが、男よりも女性の方が上手に楽しんでる気がしますね。そういうイベントだと男はつい肩肘張ってしまうけど女性は自然体で自分のペースでの楽しみ方を知ってる。差別はしないけど「がんばれ男どもよ!」みたいな気になります。

で、今回は1982年あたりに「がんばれ男どもよ!」と魂から叫んでいた唯一のロックバンドARBのお話です。前回書いたように、いわゆる「めんたい系」のバンドに夢中になっていた僕ですが、同じようにこのARBにもやられてました。
中でも特にサンジ在籍時のアルバム「BAD NEWS」「BOYS&GIRLS」「指を鳴らせ」「W」まではほぼリアルタイムで聴いていたわけですが、ナンパな高校生活を送っていた僕にとって、その硬派なサウンドとメッセージ色の高い歌詞は聴く度に「男指数」を上げてくれました。

当時のライブ映像を見ても他のバンドに比べて客席の男の比率が高い。甲本ヒロトなんかにも影響を与えたと思われる石橋稜のボーカルスタイルはもちろん、その後甲斐バンドに加入して僕たちの中では「男を下げた」(笑)田中一郎のギターワークも重要なファクターだったとは思いますが、ゴリゴリの硬い音をシャコタンの位置で弾き出していたベースのサンジに、スキンヘッドに黒いレイバンでパワフルと言うよりは堅実なビートを刻むKEITHという二人のリズム隊こそが男度数を上げる大きな要因だった気がします。

「BAD NEWS」のA面(古い言い方・・)は日本のロックの奇跡だと今でも信じてる41才の僕ですが、なかなか本物の男には程遠いです。道は険しいぞ。

[2006/03/25 18:29] | Japanese Rock | トラックバック(1) | コメント(6)
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1981年~ここから僕は始まった
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気が付けば3月、早いもんですね。更新が滞っている間に、ヨーコが開会式に登場したり、ストーンズのチケット騒動(?)があったり、グラミー賞にスライが登場したり、と言うR&Rな出来事を横目で見ながら家で酒、会社で仕事、の毎日を繰り返していました。

でも、しっかりその合間を縫って2/18にはいつものbamboo barで歌ってしまった僕です。その夜はbambooの誇るoyazi dj'sの看板DJ、macyとの初コラボで、かなり大盛り上がりの夜でした。

さて、自分だけで盛り上がってる「勝手に25周年イヤー」ですがもう一度おさらいしておくと(誰の為に?)25年前の1981年は、私melenge40が初めてライブハウスに出演した年で、その後長々と細々と続くバンドマン生活の起点となった年なわけです。

スゴイ!と誰も言ってくれないので、どうだッ!と自分で言ってしまうのがまずは早道かと思い、それを記念して月一回のライブを敢行して、どうだッ!と言える機会を作ろうという誠に自分勝手で迷惑な企画であります。みなさんごめんなさい。

で、その問題の1981年ですが、僕は16才、高校2年生でした。中学時代に文化祭にキャロルのコピーバンドで出演し、人前に立つ快感を不幸にも覚えてしまった僕は高校入学とともに本格的に音楽にのめりこんでいきます。とは言っても田舎ですから人前に立ちたくても場所がありません。少ない小遣いの中からどれにしようかと迷いながら買うレコードを聴いては「スゲェ!」と頭の中で自分のステージ姿を妄想するか、買ったばかりのエレキギターを持って鏡の前で夢想するのが関の山でした。気持ち悪いけど健全な高校生だったわけです。

ところが、この田舎町にライブハウスが出来た!というニュースが僕の耳に飛び込んできました。で、そこはバンドがライブをするらしい!(当たり前だ)何かわからんけど、スゴイぞ!

早速その店に恐る恐る足を運ぶと・・ただの喫茶店でした。ただ他の喫茶店と違う所は、小さなそのお店の右奥に少しだけ高いステージがあったことです。そして小さな店の小さな、でも少しだけ高くなったステージにはドラムセットにギターアンプ、そして巨大なベースアンプが置かれていたのです。

そのお店のスタッフらしき人に尋ねてみると、一度誰かの前座でやってみて、それがオーディションになるとの事でした。審査員(笑)が誰なのか気になるところでしたし、もしかして筆記試験があるかも?なんてバカな事をマジメに考えていた僕にとっては、簡単過ぎて何だか拍子抜けするような一日だったと記憶しています。

で臨んだ当日、衣装が最後まで決まらなくて、なぜか友達から借りた白いツナギ(ブギウギバンド!)を着たニキビ面の4人組が演奏した曲は・・
キャロルそっくりの「ブレインウオッシュバンド」(今ではかなりレア)と「アナーキー」のコピー。当時のテープが残ってるのですが、いやいや恥ずかしくてたまりません。でも終わってみると何とかオーディションは通った様で次回のスケジュールも決まりました。

しかし長いなぁ、相変わらず。

その後、曲を当時人気沸騰寸前だったRCサクセションに絞り路線変更した所、時流に乗って大成功。小さい町の小さいライブハウスのちょっとした名物バンドになっていきましたとさ・・・

84881.jpg

で、そのバンドではベースを弾いていたので、自分がボーカルのバンドをもう一つ作りました。そこで演ってたのがルースターズとモッズ。
今となっては代表曲ですが「崩れ落ちる前に」「Two Punks」「No Reaction」「Watch Your Step」とか。ルースターズでは「One More Kiss」「Fool For You」「Monna」「ビールスカプセル」「テキーラ」。
gallery_16c.jpg

ロッカーズもやりました「キャデラック」に「ムーンナイトラブ」。ポリシーよりもカッコいい歌を歌いたい!って感じでした。


そんな1981年から25年。音楽を巡る旅は世界を駆け巡りずっと続いています。今年一年迷惑かけますがよろしく。復活第一弾、長文でごめん。

[2006/03/06 19:56] | Japanese Rock | トラックバック(2) | コメント(6)
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